日本のアスパラガス発祥の地記念碑

日本のアスパラガス発祥の地記念碑|岩内町から始まった栽培の歴史を学ぼう

2020-03-15

   

 

どーも、tomo.(⇒ プロフィール)です

 

甘くてみずみずしくて、とても美味しい ”アスパラガス”

焼いても、茹でても、肉を巻いても、何をしても美味しいですよね。

北海道では4~6月頃が旬となり、食卓を彩ってくれます。

 

そんなアスパラガスですが、実は北海道が生産量全国1位なんです!

2018年調査では 2位の”佐賀県”、3位の”長野県” などを、突き放して堂々の1位に輝きました!

 

では、なぜ北海道でアスパラガスが多く栽培されているのでしょう?

”広大な土地” や ”成長に適した風土” があるからなのでしょうが、これだけだとまだ50点。

その歴史をたどってみると、実は ”日本のアスパラガスの発祥の地” が北海道にありました!

 

ということで今回は ”日本のアスパラガス発祥の地記念碑” をご紹介します。

 

まずは 記念碑がある場所を確認

”日本のアスパラガス発祥の地記念碑” があるのは、日本海に面する ”岩内町”

岩内町を走る ”道道268号線” と ”道道66号線(通称 ”八幡通” )” との交差点にある ”岩内協会病院” の敷地内に碑が建立されています。

向かう際は、スーパーマーケット ”ラッキー岩内店” や、”ゲオ 岩内店” を目印にしてみて下さい。

 

アスパラガス発祥の地記念碑のある岩内協会病院の敷地

日本のアスパラガス発祥の地記念碑のある岩内協会病院の敷地

住所は ”岩内町字高台” となり、岩内町役場からもすぐ近く。

ちょうど交差点の角にあるので、車で向かっても見つけやすいと思います。

以前ご紹介した ”東京以北で最大の木造大仏” のある ”帰厚院” もこの近くとなります。

 

関連記事▶ 穴場観光地、岩内町のお寺「帰厚院」!東京以北で最大の木造大仏を拝観してみよう!?

 

アスパラガス栽培の歴史を振り返る

最初に ”北海道開拓使” が栽培を開始!?

アスパラガス発祥の地記念碑のある岩内協会病院

”アスパラガス” が日本に伝わったのは、江戸時代のこと。

南ヨーロッパが原産地と言われているアスパラガスですが、1781年にオランダ人が長崎に持ち込んだのが最初と言われています。

当初は食用ではなく ”観賞用” として育てられていました。

 

食用として栽培し始めたのは ”北海道開拓使”。

”札幌官園” でホワイトアスパラの栽培を開始したものの、当時はアスパラを食べる習慣がなかったためか広くは普及しなかったそうです。

 

アスパラ栽培を広めた岩内町出身の博士!?

一番奥の大きな碑が日本のアスパラガス発祥の地記念碑

”アスパラガス” が食べられる様になったのは、明治時代になってから。

当時の主流は真っ白な ”ホワイトアスパラ” で、少量の缶詰が出回る程度だったそうです。

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そんな中、この地に ”アスパラガス” を根付かせた人物がいました。

それが岩内町出身の ”下田喜久三(しもだ きくぞう)” 博士。

地元の農家の方々が冷害で大きな被害を受けているのを見て、冷害に強い作物の必要性を感じていたそうです。

 

下田博士はアスパラガスの種子を取り寄せ、品種改良を開始。

1922年に 冷害に強い ”瑞洋” という品種が作られると、1924年には ”日本アスパラガス株式会社” を設立。

”ホワイトアスパラ” の缶詰を生産する工場も建設し、本格的なアスパラガス栽培が始まったそうです。

 

ということで、日本のアスパラガス栽培が本格的にスタートしたのは岩内町から という事の様ですね。

 

以上をふまえて ”碑” を眺めてみましょう

前面には建立の経緯などが記されていました

日本のアスパラガス発祥の地記念碑

これが日本のアスパラガス発祥の地記念碑だ

石造りのガッチリした石碑、これが ”日本のアスパラガス発祥の地記念碑” です。

 

日本のアスパラガス発祥の地記念碑

碑の前面に刻まれていたのは、建立経緯など。

先にご説明した内容などが分かりやすく記されていました。

 

以下に全文を記載しますので、興味のある方はぜひ一読してみて下さいね。

全文

日本のアスパラガス発祥の地

北海道の冷害対策作物として生まれたアスパラガス産業の隆盛は、大正十一年、岩内町出身の農学博士故下田喜久三が心血を注いだ研究により寒冷な風土に耐え、しかも罐詰原料としての特性をそなえた新品種瑞洋種の育成に成功したことに因る。
氏は、翌十二年現在の共和町に四十ヘクタールの直営農場を設けアスパラガスの栽培に着手し同時に一般農家にその栽培を奨励した。ついて大正十三年、岩内町に日本アスパラガス株式会社を設立し、大正十四年、会社はアスパラガス罐詰の企業か生産に成功した。これが東洋におけるアスパラガス産業の始めである。
右の事蹟を継承し、この地においてアスパラガスの栽培につとめる耕作者と罐詰の生産流通にあたる地元企業が相はかり、関係者の協力を得て此の地が、我が国に於けるアスパラガス産業発祥の地であることを明記し併せて先人の功績を讃え、ここに記念碑を建立するものである。

題字 北海道知事 堂垣内 尚弘

 

裏面には建立者の方々のお名前が記されていました

日本のアスパラガス発祥の地記念碑の裏

碑の裏面

 

碑が建立されたのは ”昭和五十年十月二十五日”。

裏面には建立者の名前がずらーっと刻まれていました。

 

あそこにあった アスパラガス のモニュメントって何だったんだろう?

喜茂別町のアスパラガスのモニュメント

喜茂別町のアスパラガスのモニュメント

これで日本のアスパラガス栽培発祥の経緯がわかりましたが、ここでちょっとした疑問が湧いてきました。

”喜茂別町にあったアスパラのモニュメント、あれは何?”

 

”あげいも” で有名な 道の駅 ”望洋中山” の駐車場脇にある、三本のでっかいアスパラ。

喜茂別町とアスパラガスが無関係な訳がない!と思い、少し調べてみると、以下の様なことがわかりました。

  • 1925年 喜茂別町でアスパラガスの試作が開始
  • 1928年 下田喜久三博士が喜茂別町を ”アスパラガス栽培に適した地” と結論づける
  • 1929年 アスパラガスの作付けが開始
  • 1939年 喜茂別産業組合缶詰工場が操業を開始

 

どうやらアスパラガスを育てるための環境は、岩内町より喜茂別町の方が上だったそうです。

本格的な栽培までは紆余曲折あったそうですが、結果として喜茂別町で本格的なアスパラガス栽培が始まりました。

このことから ”日本のアスパラガス発祥の地” 岩内町と区別し、喜茂別町は ”アスパラガス揺籃(ようらん、揺りかごの意味)の地” と呼ばれています。

 

生産量No.1! 北海道の美味しいアスパラを家でも楽しもう

美味しいグリーンアスパラ

岩内町から始まり喜茂別町で本格的に栽培された ”アスパラガス” は、今や北海道各地で栽培されています。

特に収穫量が多いのが、道北の上川地方。筆頭の ”名寄市” から始まり、”富良野市” ”美瑛町” なども名を連ねます。

 

そして当時の主流は缶詰用の ”ホワイトアスパラ” でしたが、今の主流は ”グリーンアスパラ”。

ホワイトより栄養価が高く、生産の手間もはぶけることから、9割以上がグリーンという記述も見られるほどです!

 

そんな北海道のみずみずしい ”グリーンアスパラ” を自宅でも美味しくいただいてしまいましょう!

焼いて食べても良し!、茹でても良し!、肉やベーコンなどで巻くともっと良し!

食卓を美味しく彩ってくれること間違いなしですよ!

 

日本のアスパラガス発祥の地記念碑

【住 所】 北海道岩内郡岩内町高台 岩内協会病院敷地内

 

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tomo.

全道をドライブすること15年強、不動産業に従事するサラリーマンブロガー。道内173/179市町村を走破。許容走行距離は約700Km/日まで。自ら撮った写真を使ったブログを約10年執筆中。人込みは苦手で、特に誰も行かない様な穴場観光地が大好き。最近は北海道の歴史・碑などにも興味深々です。

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