箱館戦争官軍上陸の地碑

「箱館戦争官軍上陸の地碑」のある乙部町は、新政府軍が蝦夷地進撃を始めた起点となった場所!

道南の日本海に面する町の一つ「乙部町」。とても自然が豊かな土地で、町の代表的な観光地に北海道で唯一環境庁の快水浴場百選に選ばれた海のプール「元和台海浜公園」があります。

また明治維新後に起こった「戊辰戦争」では、新政府軍(官軍)の蝦夷地進軍の起点になった場所としても知られています。今回はこの乙部町にある官軍上陸の証「箱館戦争官軍上陸の地碑」をご紹介します。

 

新政府軍の上陸地を表す「箱館戦争官軍上陸の地碑」

箱館戦争官軍上陸の地碑

乙部町を走る「国道229号線」。
乙部町役場などのある町の中心部から港へ向かって進むと「箱館戦争官軍上陸の地碑」が見えてきます。回りにはこの碑と案内看板があるのみ。建物やお店などもないので、よっぽどのことがなければ見落とすことはないかと思います。

 

箱館戦争官軍上陸の地碑

色の濃い木の柱に黒文字で「箱館戦争官軍上陸の地」と書かれていました。

 

箱館戦争官軍上陸の地碑

となりには「にしん街道 乙部町」と書かれた碑。現地看板にはそれぞれの説明が記されていましたので、次でご紹介します。

 

乙部の官軍上陸の歴史を現地看板で勉強しよう!

箱館戦争官軍上陸の地碑

「北海道夜明けの地」
-箱館戦争官軍上陸の地ー

明治2年4月9日未明、乙部沖に官軍の「甲鉄」「春日」など8隻の軍艦が終結し、にしん漁最盛期の前浜は黒船の襲来を思わせる光景となっていた。

箱館戦争(明治元年~2年)は、鳥羽伏見の戦いに端を発した戊辰戦争の最終局面で、榎本武揚率いる旧幕府軍が蝦夷共和国の成立を目指して蝦夷地を占領した戦いと、それを明治維新軍の官軍が奪還した戦いを指します。

明治元年、軍艦「開洋丸」などで東京・品川沖を脱走した旧幕府軍は、10月20日、鷲ノ木(森町)に上陸。箱館、松前、館城(厚沢部町)などを次々と陥落させ、12月15日、箱館・五稜郭において蝦夷共和国を成立させました。

官軍は、翌年、兵力をたて直し青森に終結。1500人の兵と「甲鉄」「春日」「朝陽」など軍艦8隻で、4月6日蝦夷地奪還に向け出航しました。途中、霧のため平舘(青森県東津軽郡)に停泊後、松前、江差の沖を旧幕府軍に気づかれないよう通過。乙部沖には9日未明に到着し、上陸の状況をうかがったのであります。

村民は、大挙して沖に現れた官軍の軍艦に対し、漁船を出して旧幕府軍の情報を伝え、これが上陸開始の契機となり、津花の浜(当地)及び相泊(館浦)への千人を超える兵士が迅速に上陸できました。このように、乙部の村民が官軍に協力したことによって、その後の戦況における重要な役割を果たすこととなったのです。

官軍は、上陸後すぐに参謀本陣を乙部に設置し、臨戦態勢を整え、翌日には軍艦から敵陸兵への艦砲射撃を加えるなどにより江差を奪還。更に、松前道や鶉山道(渡島中山峠)などから箱館へ進軍し、ついに5月18日、榎本武揚をはじめ旧幕府軍千人を五稜郭から投降させ、箱館戦争が終結しました。

ここ乙部は、官軍が上陸して蝦夷地を奪還したことにより、蝦夷地が北海道となり、本格的な開拓が始まる起点をなりました。

現地看板より転記

 

松前、江差だけじゃない!乙部町もニシン漁が栄えた町の1つでした

箱館戦争官軍上陸の地碑

北海道の日本海側の各地には、かつてニシン漁で栄えた町がたくさんあります。小樽市や道北の小平町などもその1つ。今でもかつてのニシン番屋が現存しており、資料館や飲食店として活用されています。そしてここ乙部町もニシン漁が栄えた町の1つ。「にしん街道 乙部町」と書かれた碑のとなりの看板には、乙部町のにしん漁の歴史が書かれてました。

 乙部町でにしん漁が本格化したのは、およそ300年前の、江戸時代中期に入ってからとされております。

 当時、にしんが、どこの前浜に群来し始めても、松前藩主へは「乙部の浦から初鯡群来・・・」と報告されるほど、にしんの千石場所としてにぎわい、東北などから多くのヤン衆(漁夫)が訪れ、乙部の浜は活気にあふれておりました。

 その頃の乙部は、海産物出荷量の実に9割がにしんで、漁業の機関を占めるほどとなり、にしん漁のにぎわいとともに、そば屋・宿・酒屋・雑貨屋など、多くの商店が建ち並んだのも、この時期とされております。

 その後、明治末期には、にしんが北上し、漁が衰退していきましたが、現在も漁業や造船の町として後世に引き継がれ、にしんの網起こしで唄われていた「沖揚げ音頭」も、夏祭りのきり声として、唄い継がれております。

 松前を起点とし、日本海沿岸を北上する新たな観光ルート「にしん街道」に乙部町が位置し、にしんの千石場所であった証として、この標柱を設置しました。

現地看板より転載

 

最後に

今回は乙部町に建つ「箱館戦争官軍上陸の地碑」をご紹介しました。
かつての旧幕府軍と新政府軍の紛争「戊辰戦争」。その最終局面である「箱館戦争」は、乙部町から官軍の進軍が始まったことを学ぶことができました。碑のまわりに建物はなく寂しく感じる一面もありますが、その分とても趣を感じる場所。乙部町に立寄った際には、(歴史探方が好きな方は特に)是非立ち寄ってみて下さい。

 

箱館戦争官軍上陸の地碑

【住 所】 北海道乙部町字元町520番地
【電話番号】 0139-62-2311(乙部町役場産業課)

 

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箱館戦争官軍上陸の地碑

「箱館戦争官軍上陸の地碑」のある乙部町は、新政府軍が蝦夷地進撃を始めた起点となった場所!

道南の日本海に面する町の一つ「乙部町」。とても自然が豊かな土地で、町の代表的な観光地に北海道で唯一環境庁の快水浴場百選に選ばれた海のプール「元和台海浜公園」があります。 また明治維新後に起こった「戊辰戦争」では、新政府軍(官軍)の蝦夷地進軍の起点になった場所としても知られています。今回はこの乙部町にある官軍上陸の証「箱館戦争官軍上陸の地碑」をご紹介します。  

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tomo.

全道をドライブすること15年強、不動産業に従事するサラリーマンブロガー。道内173/179市町村を走破。許容走行距離は約700Km/日まで。自ら撮った写真を使ったブログを約10年執筆中。人込みは苦手で、特に誰も行かない様な穴場観光地が大好き。最近は北海道の歴史・碑などにも興味深々です。

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